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浦和地方裁判所川越支部 平成元年(ワ)66号 判決

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告森田志満に対し、金七六七万三八九三円及び内金六九八万三八九三円に対する昭和六二年九月三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告森田敬治、同高橋満江、同柴崎尚江に対し、各金二五五万七九六四円及び内金二三二万七九六四円に対する前同日から支払済に至るまで同割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時

昭和六二年九月三日午前二時四五分ころ

(二) 場所

埼玉県新座市野火止五丁目二番一七号先路上

(三) 事故の態様

被告会社保有の普通貨物自動車を訴外小林弘和が運転して右発生場所の道路上を川越方面から東京方面に向かって進行中、道路の右側から左側に向かって横断してきた森田善三に衝突し、同人は、同日午前三時三五分死亡した。

2  亡善三の損害

(一) 葬祭費 金四五一万八〇六八円

葬儀費用 一三九万四六九〇円

葬儀備品使用料 四六六〇円

葬儀関係者への心付代 二万一〇〇〇円

御布施 三〇万円

仏壇料 七六万六五〇〇円

墓石、墓誌代 一七三万二五〇〇円

通夜及び告別式の来客飲食代 二九万八七一八円

(二) 病院関係費

金一七万〇六九〇円

(三) 逸失利益

(1) 金一、一五九万六八三九円

亡善三は死亡時七三才で年金生活をしていた。

亡善三が受領していた年金は、厚生年金老令年金が年額一八八万一九〇〇円、東京都家具厚生年金基金が年額四万八三〇〇円、東京ガス終身年金が年額一五万五〇〇〇円である。

そして亡善三の年令からすると生活費控除は三割、平均余命は一〇・四一年であるから新ホフマン係数を用いて計算すると、(1,881,900+48,300+155,000)×(1-0,3)×7.945=1,159万6839円

(2) 被告は、亡善三の右年金は逸失利益の対象とならないと主張する。

即ち、被告は、年金について、損失補償としての性格のものと、生活補償としてのものと区別し、後者については一身専属であって、相続性を有しないとしている。

しかし、損失補償か生活補償かの区別が明確でなく、生活補償といっても、結局は人間として生活上生ずる不足や欠損を補うことであり、損失補償といっても、それは、人間としての生活を保障するものであるから、かかる区別をするのは相当でない。

また、一身専属的なものであるから、相続性がないとしているが、金銭的換算ができるものについては当然相続性が認められてしかるべきである。

(3) また、被告は、遺族厚生年金についても損益相殺をして控除すべきであると主張しているが、右主張が不当である理由は次のとおりである。

ア 遺族厚生年金は、厚生年金保険法に基づき、被保険者によって生計を維持していた特定の遺族に対し、その特定遺族の生計維持のために、特別に給付されるものであり、またその特定遺族の指定は、相続の場合とは全く異った観点からなされるものであるから、これを亡善三の損害賠償に関しての損益相殺分として控除することは許されない。

そのことは、法定相続人が必ず右の「特定遺族」に該るものではないこと、また法定相続人でなくても右の「特定遺族」に該る場合があることからしても明らかである。

イ 遺族厚生年金の受給権は、死亡、婚姻、傷害がやんだときなどの事情によって消滅するが、右事情は不確定的なものであるから、死亡の遅速、婚姻の有無、障害の存否などによって受給金額が大きく異なるところとなる。

右のとおり、遺族厚生年金が、被保険者の死亡を契機として支給されるものであるとの一事をもって損益相殺の対象とすることは、不公平を作出することになる。

ウ このように、「特定遺族」についてのみ存する、しかも個別的かつ不確定的事情によって、本来客観的に確定している相続財産の額が変動するという考え方は、奇妙な見解といわざるを得ない。

以上みたとおり、遺族厚生年金は、被保険者によって生計を維持していた特定の遺族に対し、その特定遺族の生計維持のために、厚生年金保険法という法律によって特別に給付されるものであって、亡善三の損害賠償請求権に関係づけられる性質のものではない。

(四) 慰藉料 金一、八〇〇万円

以上を合計すると、損害は金三、四二八万五五九七円となるが、亡善三にも二割の過失があるので、これを控除すると、金二、七四二万八四七七円となる。

3  弁済

原告らは被告から合計金一、三四六万〇六九〇円受領しているので、この分を控除すると請求額は金一、三九六万七七八七円となる。

4  亡善三の死亡による原告らの法定相続分は、原告志満は二分の一、その余の原告らは各六分の一である。

5  原告らは本訴を弁護士小川修に委任し、その費用として原告志満は金六九万円、その余の原告らは各自金二三万円宛を支払う旨約しているので、これも損害となる

6  よって、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否と主張

1  1の事実は認める。

2  2の(一)の主張は争う。

原告らは、葬祭費として、金四五一万八〇六八円が本件事故による損害であるとしているが、本件事故と相当因果関係のある損害としては金一〇〇万円が相当である。

判例(最判昭和四三年一〇月三日、判例時報五四〇号三八頁)は、葬式費用について、「遺族の負担した葬式費用は、それが特に不相当なものでないかぎり、人の死亡事故によって生じた必要的出費として、加害者側の賠償すべき損害と解するのが相当であり、人が早晩死亡すべきことをもって、右賠償を免れる理由とすることは出来ない。」と判示している。

そして学説も、「被害者の遺族の負担した葬儀費用は、死亡者の生前の社会的地位、収入、その地域の慣習等からみて、それが特に不相当なものでないかぎり、不法行為によって生じた必要的出費として、加害者側の賠償すべき損害と解される。」としており、これらのことからすると、前記の金額が相当である。

2の(二)は認める。

2の(三)は争う。

(1) 厚生年金保険は、一般の民間労働者についての年金制度であって、労働者の一部拠出制によっていることや、一定年限被保険期間経過後の老後の生活保障を目的とする点で恩給と類似し、生活保障的性格のほかに損失保障的性格も混在しているが、恩給とは異なり、老齢厚生年金については、要扶養者の数に応じて支給額が増加する加給年金制度(同法四四条)を採用している点からみると、老齢厚生年金は、損害の填補という観点から離れて、被保険者やその被扶養者の要保護状態に応じ、それに必要なだけの保険給付をするという、生活保障的側面が圧倒的に強い。すなわち、老齢厚生年金は被保険者とその被扶養者の生活保障を目的として支給されるものであり、受給者は、その死亡理由の如何を問わず、死亡すると受給権が消滅し(同法四五条)、その限りにおいて老齢厚生年金は、国民老齢基礎年金と同様、一身専属的な性質を帯び、相続性を有しない。

右のとおり,亡善三が受給していた老齢厚生年金は、生活保障的性格を有し、その理由を問わず死亡によって受給権は消滅し、一身専属的なものであるから、相続の対象となることを前提とした原告らの年金についての逸失利益の主張は失当である。

(2) 仮に相続性を肯定する場合は、亡善三の死亡によって、遺族である原告志満に支給される遺族年金(二一〇万八四〇〇円)は控除されるべきである。

2の(四)も争う。

原告らの主張する慰藉料金一、八〇〇万円は高額すぎる。金一、〇〇〇万円が相当である。

3、3、4の事実は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

本件事故は、深夜(九月三日午前二時五分頃)国道二五四号線という幹線道路において、亡善三が突如として、反対側車線の中央分離帯の切れ目のところから飛び出してきたものであり、亡善三の過失は重大なものであるところ、訴外小林弘和は右のような幹線道路を深夜走るように横断するものがあることは通常予想出来ず、前方の安全の確認を怠ったということはなく、制限時速を一〇キロメートルオーバーしていたというにすぎないのであり、訴外小林弘和の過失と比べ、亡善三の過失は重大である。

原告らは、運転者は、前方四三・五メートルの地点で、「人が立っていることが見える」としているが、それは自動車を停車させた上での実験であり、走行中のものでないから同一には論じられない。

亡善三が飛び出してきたのは、前方二一・五メートルの地点であり、運転者において、人間が夜間幹線道路を横断するため飛び出してくることは通常予想できず、運転者の過失は少なく、亡善三の過失は五割とみるのが相当である。

2  弁済

被告は金一、三四六万〇六九〇円を支払っている。

仮に、逸失利益について亡善三の年金の相続性を認めるのであれば原告志満に支給された遺族年金二一〇万八四〇〇円は、原告志満に対する既払金として前記以外に控除されるべきである。

四  抗弁に対する認否

1  過失相殺の主張は争う。

本件事故は運転者の前方不注視から発生したものである。

即ち、本件現場は直線であり、前方四三・五メートル前方に人が立っていることが、前照灯に反射して見えることは検証の結果でも明らかである。そして、時速六〇キロで走行していたのであるから、その停止距離が四四メートルであることからすると、運転者が前方を充分に注視していれば、本件事故は回避出来たはずである。

従って、亡善三の過失より、運転者の過失は大である。

2  遺族年金について、原告志満が、金二一〇万八四〇〇円を受領していることは認めるが、控除すべきであるとの主張は争う。請求原因の中で主張しているとおり、控除すべきではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告ら主張の損害について検討する。

1  葬儀費用等について

原告らは葬儀費、墓石代、仏壇料等として、合計金四五一万八〇六八円を請求しているが、しかし、これが全部について事故との間に相当因果関係があるとは認められない。

この費用については死者との間で社会的に相当と評価される金額の限度で認容するのが相当であるところ、本件の場合亡善三の年令や過去の社会生活の実績等からすると、金一二〇万円の限度で認容するのが相当と認める。

2  病院関係費について

金一七万〇六九〇円を原告らが支出していることは被告の認めているところである。

3  慰藉料

亡善三の年令や相続人の年令等からすると金一、二〇〇万円が相当である。

4  逸失利益について

(一)  〈証拠〉によれば、亡善三は、老令厚生年金年額一八八万一九〇〇円を、東京都家具厚生年金基金から年額四万八三〇〇円を、東京ガス株式会社の終身年金から年額一五万五〇〇〇円を、それぞれ受給していたが、本件事故による死亡によって支給されなくなったことが認められる。

ところで、前掲各証拠によれば、亡善三が受給していた前記の年金はいずれも厚生年金保険法による年金であったことが認められる。

(二)  原告らは老令厚生年金についても当然相続性を認めるべきであると主張している。

(三)  厚生年金保険法八二条によれば、被保険者は保険料を負担することになっていることからすると、原告らの主張にも理由はあるものと考えられる。しかし、同条によれば、事業主も保険料の半額を負担しているほか、国も費用を負担していること(八〇条)同法四四条によれば、配偶者や一八才未満の者や二〇才未満の障害者が扶養者として存する場合には、加給年金額の加算の制度があること、そして、厚生年金保険法の目的が「労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的」としていること(同法一条)等を考えると、老令厚生年金というのは、労働者の老後の生活保障を目的とする社会政策的年金制度であると認められる。

したがって、老令厚生年金の受給権は、受給権者の死亡によって当然に消滅する(同法四五条)ものと解せざるを得ない。

そうすると、亡善三が年金の受給権を喪失したことを理由とする逸失利益の主張は採用できない。

5  以上によれば、亡善三死亡による損害は合計金一、三三七万〇六九〇円ということになる。

三  弁済

被告から原告らに対し金一、三四六万〇六九〇円が弁済されていることは当事者間に争いがない。

そうすると、善三死亡による損害については全額填補されていることになる。

四  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒川 昴)

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